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2012年1月 5日 (木)

明けまして、おめでとうございます。

 2012年も5日になってしまいましたが、おめでとうございます。
 今年も、どうか宜しくお願い致します。

 今年も皆様にとって、素晴らしい年になりますようにお祈り致しております。

《きら》

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2011年12月22日 (木)

宮城の報告

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 午前1046分、新神戸発の「のぞみ」で、いざ出発。仙台へ着いたのは、午後の3時37分でした。すぐ、地下鉄に乗り換えて3駅目、長町1丁目で降りました。地上に出ると、そこには広瀬川が流れ、日本最古のコンクリートでできた『広瀬橋』が架かっています。その反対方向に今回お世話になる「CILたすけっと」の事務所がありました。

事務所に入ると副代表の杉山さんが出迎えてくれ、色々とレクチャーをしてくれました。杉山さんは主に、渉外担当で、地域の会議等にも積極的に参加されています。

 夕方5時を過ぎると、各地に飛んでいたボランティアやスタッフが三々五々と帰って来ます。この日も、福島との県境の亘理町や山元町、石巻市から片道2~3時間をかけて帰って来ます。どこに行っても、一日掛かりになるために、あまり仕事が捗らないようです。

 ちょうど、この日の『きらっと生きる』に、「たすけっと」の代表の及川さんが出演するという事で、みんなで夕食を食べながら観る事になり、食糧調達にすぐ隣にあるスーパーに買い出しに行きました。番組の内容は、障害者プロレスをキーワードに震災復興に向け、みんなで頑張ろう!というもの。及川さんはレスラー(良い役)として、登場していました。

 今日から寝起きする場所として、「たすけっと」がボランティアの宿舎として借りている中で、一番バリアフリーな広瀬川河畔のマンションの一室が用意されていました。

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 この日は、「たすけっと」と「被災地障害者センター宮城」のイベントがあり、参加させていただきました。『札幌ビール園』でジンギスカン鍋を囲んで、ビールを飲みながらの懇親はとても有意義な時間でした。

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 この日は、ボランティア活動も休みの日だったので、大阪から長期で派遣されているOさんに南三陸町と気仙沼に車で案内していただきました。同行は京都から1ヶ月の予定で、ボランティアに来ているYさんです。彼女は、CILの職員で、休暇を取って来ているとの事。1ヶ月も休みを取れるとは、さすがCILだなぁと思いました。

 南三陸町まで2時間強の道程、気仙沼までは更に1時間弱という往復するだけでも一日掛かりの行程です。途中に寄った石巻市にある2,000世帯の巨大仮設住宅を見たりしながら、ようやく海岸線に出ると、景色は一変しました。

 小船が丘の上に打ち上げられている光景は何度もみました。ガレキの山が至る所にまだ残っており、あの独特な臭いは阪神大震災の時の臭いを思い出させるものでした。

 南三陸町の場合は、町全体が根こそぎ消えたという感じで、半年以上も経っているのに、まだこんな状態か?と思わず声に出てしまったくらいです。神戸も酷かったけれど、比べ物にはならないと実感しました。

Cimg1202_2  気仙沼に着き、驚いたのは、ガレキが残っているのは勿論、津波に襲われて1階部分が完全に伽藍堂になった2階建ての家屋が、そのままの形であちこちに放置されている事と、地盤沈下のせいで、満潮時になると未だに交通制限がある事でした。1階部分を津波で流された家を眺めていると、直前までここで普通に生活していた情景が目に浮かび、なんとも言えない気持ちになりました。復旧、復興と口で言うのは簡単ですが、それほど容易にはいかないし、思っている以上に時間が掛るだろうなと思いました。南三陸と気仙沼の訪問では、なんとも言葉では表現できない、虚しさとやるせなさを感じました。

 この日は、事務所に帰ってからも、何か判らないが焦燥感みたいなものが何時までも残っていました。

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 この日は、既に各スタッフには予定が入っており、午前中は代表の及川さんとゆっくり話す機会が持てました。及川さんは、私よりもずっと若く、大学も卒業されていて頭の回転も速く、対外交渉も多いこの業界には、ピッタリの人だという印象を持ちました。

 昼からは、他のスタッフと話したり、自費出版の写真集を観たりして過ごしました。そこには、津波が襲って来るとは知らずに海岸べりでのんびりと会話しているご老人や、直後に茫然と佇んでいる子供の写真がありました。のんびり話していたご老人達は亡くなられたと後から聞かされました。

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 この2日間は、石巻に行くことになりました。石巻は今、被災地障害者センター宮城の支部づくりの活動をしています。ニーズの掘り起こしのためのチラシを作り、事務所の近辺の一軒一軒を回り、事務所開設の挨拶と知り合いの障害者が居ないか等を聞く地道な活動をしています。その中心になっているのが、当事者のⅠ君とA君です。まだまだこういう活動にはなれていない二人だけど、ボランティアのOさんの叱咤激励に耐えながら活動をしていました。私は、そのお手伝いと神戸の障害者の様子などを伝え、障害者としての心がけを話しさせてもらいました。石巻の障害者のために力を合わせて頑張って欲しいと思いました。

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 いよいよ宮城ともお別れの日が来ました。どこへ行くにも一日掛かりになるため、もうこの日は帰るだけです。2時過ぎに事務所を出て、仙台駅でお土産を少し買い、帰路に着きました。

<きら>

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2011年11月14日 (月)

一七市

 阪神淡路大震災から17年。今年も『一七市・拡大版』が昨日、晴天の下、開催されました。
 駅前広場から鉄人広場に会場が変わって2年目の今年、過去最大の賑わいを見せました。

 実行委員長を石倉氏から引き継いで5回目の開催で、石倉氏が委員長を務めていた期間は雨は降らず、石倉氏からバトンを受けた年に雨で中止になってしまいました。それからは、毎回天気が一番の関心事でした。
 でももう、天気を気にするのはもう、止めようと思います。今年の天気と気候の良さで、今までの借りは返せたと思います。

 今年の一七市は、私にとっては特に、同窓会の様なものでした。一年に一度、この日にしか会えない人が居るとか、前にいた作業所の職員さんとかが子供を連れて来ていました。懐かしくもあり、自分も年を取ったなぁと思ったりの複雑な感じでした。

 また、来年も大きくなった子供を連れて来る事を楽しみに………。

《きら》

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2011年9月21日 (水)

東北・宮城県に行って来ます

 早いもので、東北大震災から半年以上が経ちました。
 当時から機会があれば、一度は訪れ何らかの支援をしたいと思っていましたが、ライフライン等が復旧されない間は行っても邪魔になるだけと思い、逸る想いを抑えていました。

 最近になって障害当事者の派遣が始まり、西宮のメインストリーム協会のメンバー等が派遣されているのを知りました。メンバーの感想等も聞きました。
 そこで、派遣事業を展開している『ゆめ風10億円基金』事務局のKさんにメールを送り、直談判が始まりました。
 Kさんとは、阪神大震災直後からの知り合いで、ゆめ風イベントの実行委員になったりして、私の事も良く知ってくれています。
 何回かのメールの往復で、宮城のCIL(当事者派遣のコーディネートをしています)に繋いでもらい、具体的な話の詰めをしていました。

 そして、10月14日(金)~20(木)に派遣される事が決まりました。詳しい事は、まだこれから詰めますが、石巻などを訪問し障害当事者の話を聞いたり、阪神大震災の経験を話す事になると思います。
 詳しい事が分かり次第、また報告させていただきます。

《きら》

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2011年9月20日 (火)

『クーザ』に行って来ました

 みなさん、クーザってご存知ですか?世界中で人気を博しているスーパーサーカスの事です。
 1980年代にカナダはケベック州で産声を上げた『シルク・ドゥ・ソレイユ』というパフォーマンス集団。今、その集団が違った演目で、全世界の複数の街で同時公演しています。

 日本でも、5~6年ほど前から毎年、違う演目で公演を行なっています。で、今年の演目が『クーザ』って訳です。今年の初めに東京に上陸し、半年くらいのロングランを経て、8月に大阪にやって来ました。行きたくて早くからチェックはしていたのですが、予定が合わないのと、思う所の良い席が空いてなく、ついに昨日(9/19)のチケットに辿り着いたという具合です。11月6日までの公演は、すでに完売に近い状態です。

 今年の『クーザ』は、シルク・ドゥ・ソレイユが原点復帰した演目だそうです。構成もシンプルで、一つ一つの技・クラウンの演技も素朴な中にキレがあるといった感があり、とても満足のいくものでした。

 ブログでは、それぞれの演技を詳しく説明しても、あの感動は伝わらないと思うので書かずにおきます。一度、サイトで確認されて、一刻も早くチケットを手に入れられん事を祈って、筆を置く事にします。

《きら》

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2011年9月11日 (日)

新体制で再出発!

 みなさん、非常にお久しぶりです。
 秋の気配が見えたのも束の間、また日中は“猛暑”が戻って来ましたが、体調はいかがでしょうか?
 私は『暑い、暑い』と言いながらも、今年も夏バテ知らずで済みそうです。

 8月末に、ながた障害者地域生活支援センターで、開設当初から働いてくれていた職員が一人退職し、慌ただしい日々を送っている相談支援業務です。
 でも、9月1日付で新しいセンター長を迎え、新たな気持ちで頑張らねばと思っているところです(前センター長は「強化員」として現場復帰です)。

 新センター長は、有名な某会社を定年退職され、今は長田区の『保護司』として社会貢献をされています。また「1.17KOBEに灯りを!in ながた」の実行委員長もされており、長田の顔の一人でもあります。長田自立支援協議会の「まもる部会」にも保護司の立場で、助言をいただいています。と言った組織の運営面でも幅広い経験を持ったセンター長の許で全職員も初心に帰り、障害者支援を続けていきたいと思っています。

《きら》

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2011年6月 6日 (月)

神戸ジャズ・フェスティバル

 昨日、三宮の神戸こくさいホールで開催された『第7回神戸ジャズ・フェスティバル』に行って来ました。
 今まで余りジャズに浸った事のない私は、ちょっと不安で、ちょっと楽しみな気分で出かけました。

 出演者は、日本のジャズ界の大御所の「小曽根 実」をはじめ、アカペラグループの「宝船」、甲南中学のブラスバンド部など、プロ・アマ混合の多彩なメンバーでした。3時間あまりの公演でしたが、楽しい、有意義な時間を過ごせました。

 ジャズと聞くと私は、即興演奏というイメージなのですが、小曽根さんなぞは、素人の私でも分かるくらいの見事なピアノ演奏で、ここまで技術が来ないと“即興演奏”は出来ないんだろうなぁと思いました。
 フィナーレを迎え癒されている自分に気づき、「自分もジャズなどの音楽で癒される年代になったんだなぁ」と改めて思った出来事でした。

<きら>

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2011年5月 9日 (月)

早いもので今年も、もう5月

 時の経つのは早いものですねぇ。
 GWも終わり、いよいよ過ごしやすい季節になりました。年度も変わり、我が『ネットワークながた』も総会の準備で大忙しの毎日を送っています。

 この4月から、「くららべーかりー」と垂水区の「さくら作業所」が法人の仲間になり、『くららとさくら』という名前の多機能型施設として、再出発しました。旧くららを就労継続B型に、旧さくらを生活介護にしました。定員までには両施設とも達してませんので、もし興味がある方は連絡いただければと思います。

 だんだんと大きくなって行く法人ですが、まだまだ基礎体力が出来ていません。これからも、皆さまのお力を分けてもらいながら、成長させていかなければと思いますので、よろしくお願いします。

<きら>

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2011年4月 7日 (木)

映画寸評③『いまを生きる』

 この映画は、名優ロビン・ウィリアムズ主演のヒューマン・シネマだ。
 ロビン・ウィリアムズと言えば、私は98年製作の“笑い”を治療法に取り入れた実在する精神科医を描いた『パッチ・アダムス トゥルー・ストーリー』を思い出す。
 彼の熱演が光った、なかなかの映画だったが、彼は前年の『グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち』でアカデミー最優秀助演男優賞を獲得している。私はまだ観ていないが、彼が一番脂が乗っている時期だろう。
 『いまを生きる』は、その8年前の作品になるので、上昇気流の途中の時期と言える。この映画でも主演男優賞にノミネートされていて、彼の実力が判ると思う。

 映画は、1959年のニューイングランドの全寮制学院を舞台に学生達の愛と生、死を描いたもの。
 同院のOBである英語教師キーティング(ロビン)が赴任してきた事から始まる。教科書を使わずに独特な授業をするキーティングに、厳格な規則に縛られてきた学生達は最初は戸惑いを見せるが、次第にその行動力に刺激され、新鮮な考えに目覚めてゆく。
 そして、キーティングが学生時代に主宰していた『詩の朗読会』を数人の学生で復活させる。彼らは自らを語り合う事で、次第に自分がやりたいものは何かを自覚してゆく。それぞれの目標に向け、走り出した彼らだが、理想と現実の狭間で揺れ動く心。ついに耐え切れずに俳優志望の学生が自殺する。
 調査を始めた学校側は、退学処分を切り札にメンバーに証言を強要し、やがて扇動者として祭り上げられたキーティングを退職処分にした。キーティングが学院を去る日、学生達は校長の制止も聞かず、せめてもの抵抗の証として机の上に土足で立ち、キーティングを見送る場面で映画は終わる。

 淡々と進んでゆくストーリーと時々映るニューイングランドの風景と、流れるクラッシック音楽の調和がいい。

<きら>

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2011年4月 2日 (土)

東日本大震災

 東日本大震災発生から20日が過ぎた。だが未だに行方不明者が1万5千人もいるという。
 この数字は、確認された死亡数より多い。日本どころか、世界的にも例を見ない災害になろうとしている。
 くわえて、今回は『原発』の問題も絡んでいる。毎日変わる状況に戸惑いや怒りを覚えるのは私だけだろうか?

 東電の幹部や政府の閣僚は、もっと真摯な態度で海外からの援助を素直に受け入れるべきで、“ポリシー”とか“誇り”とかと言っている場合ではない。
 スリーマイルやチェルノブイリの様な大惨事にはならないと専門家は言っているが、世界の多くの人が被害を受けるのは事実。
 それに目を瞑り、事故を手のひらで転がしているように見える東電幹部や閣僚に私は腹を立てている。死と隣り合わせで必死で復旧に取り組んでいる作業員の代わりに1時間だけでも現場に足を運べと言いたい。

 それにしても、今度の大震災の復興には莫大な経費と、大勢の支援者と、長い時間が掛るだろう。今は、出来る事は無くても必ず出番は回ってくる。その時に、躊躇する事なく飛び出して行けるようにアンテナを張り、一刻も早い復興を祈りつつ見守り続けたい。

<きら>

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